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Les Misérables

どうも、椿でございます。

先日映画『Les Misérables 』を観まして、ここ最近ずっとサントラばっかり聴いている状態です。

大学生の頃に授業でやったんですけど、うろ覚えだったので現在原作を読み直したりしております。

ジャン・ヴァルジャンって名前が省略できない。何かジャン・ヴァルジャンって呼ばなきゃいけない気がしてしまう。

 

レ・ミゼラブル~サウンドトラック<デラックス・エディション>

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以下感想でござる。長文な上がっつりとネタバレしかしてないのでご注意ください。

あらすじ
格差と貧困にあえぐ民衆が自由を求めて立ちあがろうとしていた19世紀フランス。ジャン・バルジャンは、パンを盗んだ罪で19年間投獄された。
仮釈放されたものの生活に行き詰まった彼は、再び盗みを働くが、その罪を見逃し赦してくれた司教の真心に触れ、身も心も生まれ変わろうと決意。マドレーヌと名前を変え、市長の地位に上り詰める。
そんなバルジャンを執拗に追いかける警官のジャベール。そして、不思議な運命の糸で結ばれた薄幸な女性ファンテーヌ。彼女から愛娘コゼットの未来を託されたバルジャンは、ジャベールの追跡をかわしてパリへ逃亡。コゼットに限りない愛を注ぎ、父親として美しい娘に育てあげる。
そんな中、パリの下町で革命を志す学生たちが蜂起する事件が勃発し、誰もが激動の波に呑まれていく・・・。 (公式サイト参照映画『レ・ミゼラブル』

感想
 1815年、船で働かされる奴隷ジャン・ヴァルジャンヒュー・ジャックマン)とその姿を見下ろす警察官ジャベール(ラッセル・クロウ)という構図から物語は始まります。
 ジャン・ヴァルジャンにデカい巨木に繋がるフランス国旗を持ってこいと無茶ぶりするジャベール。そんな無茶ぶりに腕力で応えるジャン・ヴァルジャン。観ていた私の脳内で上田次郎が「ばんなそかな…!」と叫んでいました。ばんなそかな
 仮釈放中の罪人という立場の所為で仕事からまともな食事や温かい寝床も得られずジャン・ヴァルジャンは日々荒んでいく。そんな彼がやっとの思いで辿り着いたのは教会。そこの司教はジャン・ヴァルジャンを見つけると、追い出さず温かい食事と寝床を提供してくれる。だがジャン・ヴァルジャンは司教の好意を踏み躙るように教会の高価な銀食器を盗む。しかし直ぐに自身を見張っていた警官に捕まり、司教の所に連れ戻される。
 被害者である司教はジャン・ヴァルジャンが持って行った品々は自分が彼に与えた物だと告げた上に教会で最も高価な燭台もジャン・ヴァルジャンに渡してしまう。司教のおかげで捕まらずにすんだジャン・ヴァルジャン。ワケが分からないよ…?! といった表情のジャン・ヴァルジャン。司教は自分が与えた品々でジャン・ヴァルジャンが正しい道へ生きることを望む。その望みこそが神のお告げなのだと伝える。
 場所は変わり、ここでジャン・ヴァルジャンは悩む。自分が変わるには今の社会は厳しすぎる。それに今更自分が変わることなど出来るのだろうか? 何故あの司教は自分を救ったのか? と。悩んだ末ジャン・ヴァルジャンはここで自身の名も身分も捨てて、別の人間になることを決める。映画の中でジャン・ヴァルジャンは司教に初めて愛を与えられたと語る。個人的には司教が与えたものの中には罪を犯すことから生じる恥も教えたように思える。

  時は流れて1823年。ジャン・ヴァルジャンはマドレーヌと名を改め、市長と工場を経営する身分になっていた。マドレーヌ市長が経営する工場で女工同士が言い争いが起こる。女工のひとりファンティーヌ(アン・ハサウェイ)に隠し子がいたことが分かったことが原因だった。マドレーヌ市長は仲裁をしようとするが、そこに新たな法の番人として着任したジャベールが市長に挨拶をしに現れたからだ。気が動転したマドレーヌ市長は仲裁をその場にいた工場長に任せてしまう。工場長はその侭ファンティーヌを工場から追い出してしまう。
 マドレーヌ市長とジャベールは挨拶を交わす。この時にマドレーヌ市長はジャベールに着任の祝いなのか彼に十字架の首飾りを渡している。この行為には自分はもう罪人ではなく生まれ変わった新しい正しく生きようとする人間なんだ! という主張が込められているようにも思える。どうなのだろうか?
 ジャベールは市長が嘗て逃げた罪人に似ていると話す。マドレーヌ市長は、
「君みたいな奴をみたら、まず忘れないさ」と結構失礼な発言で誤魔化そうとする。
 一方、工場をクビになったファンティーヌは必死だった。娘コゼット(イザベル・アレン)を預けた宿屋の夫婦からコゼットが病気になったから金を送れと催促されていたからだ。髪を売り、歯を売り、遂には娼婦となってしまうファンティーヌ。ここでコマーシャルなどで話題になっていた『I Dreamed A Dream』を歌うファンティーヌ。単純に若かった頃はあんなに夢で人生が輝いていたのに…というだけではなく、歌詞には自分を捨てた嘗ての恋人(コゼットの父)との思い出も集約された歌でもあったことが分かる。(蛇足だが、客の相手をする前まで抜歯された所が痛いらしく苦しんでいたのに、客が帰った後は凄い声量で歌うファンティーヌさんが気になる木)
 娼婦になったものの、中々娼婦になり切れないファンティーヌ。彼女につんけんされた客がわざと自分の顔に怪我をさせて警察に突き出そうとする。ここでタイミングよく現れるジャベール。ファンティーヌは助けてくれと懇願するが耳を貸さないジャベール。警官たちに連れていかれそうになるファンティーヌを助けたのは偶々市民に施しをしていたマドレーヌ市長が彼女を助ける。最初は知らずに助けようとした女性が嘗て自身の工場で働いていた女工だと気付いたマドレーヌ市長。何故こんなことをしているのだ? と問いかける。ここでファンティーヌはマドレーヌ市長に怒りを爆発される。病気の娘の為に金が要るのにアンタの所為でクビになったんだ、全部お前の所為だと。ファンティーヌが自分の所為でこのような境遇に陥ってしまったことを知り、ジャン・ヴァルジャンは彼女を救う決意を固める。胸の病に侵されていたファンティーヌを病院に連れて行き、娘との再会を約束する。このシーンのヒュー・ジャックマンが非常に格好良かった。
 色々とあってマドレーヌ市長は自身がジャン・ヴァルジャンであることを告白した。その後、彼は病院に向かい死の寸前にいて娘コゼットの幻影を見ているファンティーヌに会いに行く。ファンティーヌの姿に胸を痛めたジャン・ヴァルジャンは彼女の娘を自分が守ることを約束する。その言葉に安堵したファンティーヌはそのまま息を引き取る。このシーンが切ない。
 ファンティーヌが息を引き取ったと思ったその直後に登場するジャベール。ずっと、そこにいたの?! と聞きたくなるくらいタイミングがいいジャベール。今すぐジャン・ヴァルジャンを捕まえたいジャベール対ファンティーヌとの約束を守る為に今はまだ捕まるわけにはいかないと拒否するジャン・ヴァルジャン。サーベルと木材で闘います。ここのシーン迫力が凄かったです。何かの動画で見た出演者エディ・レッドメインが「ウルヴァリンVSグラディエーターだよ! 」って若干興奮した感じで話していたのを思い出した。
 結局ジャン・ヴァルジャンは窓から飛び出し、川に落ちて逃亡します。
 場面は一軒の宿屋に代わります。時間帯もクリスマスの夜、ここでコゼットが登場します。コゼットは病気になるどころか女中として働かされていました。宿屋の女将テナルディエ夫人(ヘレナ・ボナム・カーター)が登場するのですが、凄いです。ヘレナ・ボナム・カーターの魔女っぷりが凄いです。ひとりティム・バートンの世界からやってきた感じがします。「まぁ、内縁の奥さんだったしね…」と思いつつも、今作の監督トム・フーパーの『英国王のスピーチ』では立派なエリザベス妃を演じてらっしゃったから余計びっくりしました。まぁ、テナルディエ夫人みたいな役はこの女優さんの十八番的な役柄だし『英国王のスピーチ』の方が珍しい役柄だったのかもしれないけど。
 ここではエポニーヌ(ナタリア・エンジェル・ウォレス)も登場します。幼少期のエポニーヌで印象的だったのが、母親にベッタリ甘やかされた感じと女中同然なコゼットを見下すような視線でした。何でこんなに感じの悪い子が、数年後にあんなに良い女になっているのか摩訶不思議。
 テナルディエ夫妻と宿屋の客たちが歌う『Master Of The House』は楽しいです。思いっきり下品だし、盗みばっかりしているけど。貧乏を笑い飛ばそうとしている感じはあるかも。この他にもテナルディエ夫妻のコメディ色の強いお芝居は悲しいシーンが多いこの作品内で小休憩させてくれる感じがします。
 テナルディエ夫人に命令されて暗い森の中に水を汲みに行くコゼット。そこでジャン・ヴァルジャンと出会います。ここから流れるコゼットとジャン・ヴァルジャンのやり取りがデラ可愛いのです。コゼットをテナルディエ夫妻から引き取った後にジャベールとの逃亡劇があるのですが、ここでもコゼットがデラ可愛いです。
 ジャン・ヴァルジャンに逃げられた後、ジャベールは建物の最上階というかバルコニめいた場所から広い街を見下ろし、この街の何処かにあの悪党がいるんだと執念を燃やしています。
 ジャベールはジャン・ヴァルジャンと闘った際に、自分が服役囚の父によって牢で生まれ、一定の成長までの牢で暮らしていたことを話しています。そこで生きていた自分だからお前ら罪人が変わらないことを知っているのだと。ここに彼の要となる部分が見えた気がします。それを彼が歌う『Stars』という歌がより強く表現している気がします。この作品の登場人物は色々と変化していく所が多いのですが、彼は一貫して変化しません。それが余計このキャラクターが作品内で印象的になる気がします。
 ジャベールの歌とともに時は1832年に流れます。

凄い長文になったので、ここで一旦切ります。次回に続く。