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白雪姫 Vol.3:Vol.4:Vol.5

 

※この小説は以前縦書き文庫に『自由遊戯童話』と称したシリーズとして掲載していた対人恐怖症の白雪姫を書き直した物です。

 

 

 

Vol.3

 白雪姫の母が亡くなるより以前のこと。北の大国で暮らす太陽の女王もその短い生涯に終わりを告げたのでした。
 国への忠誠を誓い、諍いの種となることを忌諱したのか。女王は生涯伴侶を持つことはありません。ですが国の先行きを案じて国一番と呼ばれる軍人との間に授かったひとり息子がいました。
 幼い王子は国中から愛される母を恐れていました。
 大国の為に生きた母は常に平等を重んじる人でした。 血の繋がった息子と言えど決して特別扱いすることはありませんでした。寧ろ王女さまからすれば、将来国を背負うことになるであろう幼い王子の繊細で気弱な性格を案じていたのでした。決して優しさを見せることなく、常に厳格さを持って息子と接していたのです。
 幼い王子は母のその厳格さを恐れていたのです。
 ふたりを隔てる溝は深く深く広がっていくばかりでした。
 ですから幼い王子は母の死を告げられた時も、
「母さまのあんな怒った顔をもう見なくていいのだ」
と、微かな安堵にも似た気持ちしか浮かばなかったのです。
 幼い王子は“死”が何なのかを理解していなかったのでしょう。
 母子が再会を果たしたのは葬儀の場でした。女王の棺には彼女が生前に好んでいたアネモネの花が添えられました。その最後の一輪を息子である幼い王子が添えることになっていたのです。
 乳母に手を引かれ、もの言わぬ屍と化した母の棺に近づきました。中を覗き込み、始めて母の死に顔と対面した幼い王子は驚きました。眠る母の顔はそれまでの厳格な表情とは違い、とても穏やかな微笑みで眠りについていたのです。その姿は幼い王子が今迄見てきた中で最も美しかったのです。雪のように白い肌も、赤く塗られた唇もカラスの羽のように黒髪も、何もかも。
 アネモネの花を棺に添え、再び乳母に連れられながらその場を離れた幼い王子は思ったのです。「死ぬというのは穏やかで美しい事なのだ」と。
 先ほども記しましたが、幼い王子は死の概念に対して酷く疎くありました。
 こうして幼い王子に恐ろしい刷り込みがなされていった事実に気づく者は誰一人として無く、王女さまの葬儀は粛々と済まされていきました。
 それから数年後、幼い王子から大国を治める立派な王へと成長した青年は臣下たちにお妃選びを進言された際、
「生きている女は嫌だ」
と衝撃的な発言をして彼らを酷く驚かせるのでありました。

 

 Vol.4

   白雪姫はひっそりと床に横たわり、胸元で手を組みました。彼女の母が亡くなった部屋の床。母が死んだ時と同じような体勢で。声を発することも無く、瞳には一切感情を宿すことありません。その姿はまるで屍のようでした。
 再び、幾年と月日が流れました。幼かった白雪姫は大層美しく育ちました。ですが、その美しさには何処か病的な愁いを感じさせる何かが潜んでいました。
 白雪姫の母が亡くなって以降、王さまは娘である白雪姫を拒絶するようにあの一室に娘を閉じ込めたのです。最愛の女性を殺したあの部屋に。
 白雪姫は外に出ることすら許されず、王宮の奥でひっそりと暮らす日々が何年と続きました。姿無き美しい姫の存在を城の人々も国民も次第に忘れていくようになりました。年老いた女官ただ一人を除いて。
 この女官は白雪姫の母親代わりとなり優しく慈しむように白雪姫を育てました。白雪姫もこの女官にのみ心を許していました。けれど彼女の優しさは同時に幼き頃より微かに浮かぶ母の面影と鬼のような形相の父の掌で死んでゆく母の姿を思い出させ、酷く彼女を苦しめたのです。
 一方、王さまはこの世で最も愛する人に愛されていなかったと同時にその命を自らの手で奪ったことに打ちのめされ、次第に精神を病んでいくようになりました。症状は日々悪化し、とても公務を務める事が出来る状態ではありませんでした。その為、王さまの代役をお后さまが務めるようになっていました。
 元々美しい容姿の持ち主であったお后さまですが、子供を産めないと分かった頃を境に自身の美貌に異常なまでの執着心を持つようになりました。己の美を保つ為ならどんな贅沢も厭わず、我慢が利かなくなったのです。おまけに残虐的且つ逆上しやすい性格もあって、国中は次第に荒んでいくのでした。

 

Vol.5

   お后さまの部屋にはお気に入りの姿見がありました。諸国を回る装飾品を売る怪しい行商人に勧められて買ったこの姿見は普通の鏡ではないのです。
「鏡よ、鏡。この世で、一番の美しい女はだぁれ?」
 これはお后さまの日課でした。毎日この姿見に問いかけるのが常でした。
 お后さまが唱えると姿見は何とも言えない美しい声で、
「それはお后さま。貴女様こそ、この国で一番お美しい方です」
と答えるのです。この姿見は事実だけを口にする鏡なのです。だからお后さまはいつもこの姿見の前に立ち、答えを聞いては満足するのでした。
 平穏を壊す日は突然と訪れました。いつも通りお后さまが鏡に向かって「この世で最も美しい女は誰か? 」と問いかけました。ですが鏡はいつもと違うことをお后さまに告げたのです。
「お后様、貴女様は確かにお美しい。けれどこの城に住む白雪姫は貴女様よりも遥かに美しい」
   お后さまは俄かに信じがたく思いました。けれど、この姿見は事実しか口にしない不思議な鏡。その姿見が言うのだから、これは事実なのでしょう。
「白雪姫…? 白雪姫って、城の奥に閉じこもっているあの妾の娘の?」
「左様でございます。あの国王の妾の娘の白雪姫がこの世で最も美しい」
   お后さまは次第に気が狂わんばかりの嫉妬を覚えました。やがて嫉妬は肥大し大きな殺意へと変わって行くのでした。
   お后さまは普段から重宝している狩人を呼び出し、
「白雪姫を誰にも気づかれぬ様に森へ連れ出して殺して来なさい」
と命じました。
「もう我慢の限界よ。私はあの子の醜さが耐えられないの! 殺したら証拠として白雪姫の心臓を抉り取って私の下に持って来るのよ。絶対によ! 」
 その夜、狩人はお后様に命じられた通り、真夜中にこっそりと白雪姫の寝所に忍び込みました。そして誰にも気づかれないように眠る白雪姫を抱きかかえて部屋出ると、用意していた荷車に紛れ込ませて城から連れ出したのです。
 森の奥に辿り着いた狩人はおもむろに白雪姫を起こし、懐から刃物を取り出しました。その時です。月明かりが薄暗い森の木々の間を差し込み、状況も把握できないまゝ見知らぬ男に刃物を向けられ、恐怖に慄く白雪姫を照らしました。  
   狩人は驚きました。暗がりの中、慌てて連れ出したので彼は分かっていなかったのです。お后さまは白雪姫を醜いと言いましたが、白雪姫は非常に美しかったのです。 狩人は躊躇いました。殺してしまうにはあまりに惜しいと思ったからです。
 そこで狩人は白雪姫に言いました。

「死にたくないなら助けてやろう、だが条件がある。お前、俺の妻になれ」

《続く》