幻の蛇(再掲)

引越し作業。ひとまず本日はここまで。
また更新出来たらします。暫くは他の短歌とか日常のことを載せると思います。
よろしくセンキュー。

  • 日々に疲れ、「そうだ箱根に行こう」となった人が回復していく話。
    (当時のまえがき)

 

  

 日々、巻き起こるありとあらゆる問題に精神が疲弊した私は知人の薦めを受けて箱根に静養を目的とした旅行に来た。
 本日は六月だと言うのに清々しいまでの晴天であった。高揚を覚えた私は美術館を訪れることとした。しかし、その選択は間違いであった。美術品の鑑賞を済ませた私は美術館を出る頃には随分と疲れてしまっていた。
 私は美術館が好きである反面、苦手意識もある。美術館には自分の知らない世界との対面する喜びがある一方で多種多様に具現化された命に対する執着の姿を見せつけられた気がして自分が惨めに思えてしまうからだ。それは強い自尊心を持つことへの罪悪感でもある。
 美術館を出て、近くのベンチに腰を降ろす。少し休んで宿に戻ろうと思ったのだ。
 その時だ、それが視界に入り込んだのは。
 足の綺麗な女が私の前を通りすぎた。女は蛇柄のサンダルを履いていた。その姿に私はゾッとするものを感じた。あのサンダルはまるで女の芸術品かの様に美しい足に本物の蛇が絡み付いているかのようだった。
 女はそのまま美術館に入っていった。その姿を見送った私は体の力が抜けていく様であった。
 あの女は此の美術館で生きる美術品のひとつだったのではないかと錯覚した。その位、あの足とサンダルは美しかった。でも私がその様に感じたのは此処が美術館だからかもしれない。強烈な“命”が保存される此の場で私は私自身の命に対する執着の在り方を見たのだろう。そう思うと心が随分と軽くなった。
 明日には東京に帰ろう。そんな決意を固めつつ、私は美術館を後にした。