ZANNA ザナ~a musical fairy tale~の魔法に魅せられて(加筆修正済み・再掲)

どうも、椿です。
縦書き文庫というサイトに書いてたものを消すことにしたので、こっちにお引越しします。まずは観劇レビューから。気になるところは修正します。
読み返すと、怖いもの知らずの大学生だったんだなと反省しました。
これを読み返すと、この前の『きみはいい人、チャーリー・ブラウン』を観に行けば良かったと後悔したり、舞台稽古の演者の集合写真を見て「恋敵コンビ、距離感オカシクナイ? (誉め言葉)」と思ったり、渡部豪太氏の『ふるカフェ系 ハルさんの休日』面白かったなとか思ったり。ラジバンダリ。

 
 日比谷シアタークリエで公演されていたミュージカル『ZANNA ザナ~a musical fairy tale~』を観劇した。
 観劇の理由は3つある。1つは出演者に自分が今最も素晴らしい演技をする役者として認知している声優の高垣彩陽。そして敬愛する横溝正史作品に登場する名探偵金田一耕助の若き時代を演ずるのであれば某Jな事務所の方よりも適役だと考えていた渡部豪太がいたからである。2つに残り僅かな学割を活用する為、歌舞伎を除いた本格的な舞台観劇をしたいと思い立ったこと。そして最後にストーリーがとても面白そうだったからである。理由としては、この要素は非常に大きい。
 ストーリーはアメリカの中西部の街ハーツビルが舞台。同性愛者がマジョリティー(多数派)で異性愛者がマイノリティー(少数派)というあべこべな世界で皆の恋のキューピットとして活躍する魔法使いの高校生ザナを中心に巻き起こる恋愛模様が描かれている。
 渡部豪太が演じるスティーブはハーツビルにやって来た転校生。ZANNAの世界ではマイナースポーツとされるアメフトのクオーターバック。保守的且つ奥手な性格だが、転校早々にザナの手助けにより学校一の人気者マイクと恋人同士になる。対する高垣彩陽演じるケイトは将来の進路や自らがキャプテンを務める女子メカ牛チーム(ロデオ)のことで頭が一杯で「恋愛をするような余裕はない」と公言する優等生。こちらもザナの手助けで、恋人カーラの浮気が原因で傷心していた同級生のロバータと恋人になる。
 しかしマイクが書いた異性愛者をテーマにしたミュージカルをきっかけにスティーブとケイトは互いを意識するようになり、それが周囲に大きな波紋を起こすこととなる。
 禁断の恋に悩むスティーブとケイト。一途に恋人を愛するロバータとマイク。お茶目な性格でみんなを元気にするタンク。仕切り屋で目立ちたがり屋だけど憎めないキャンディとちょっとマイペースでマスコット的な立ち位置のアーヴィン。そしてみんなの為にと一生懸命で健気なザナ。この作品に登場する人物たちは全てが愛おしく感じる。皆が皆、生きることや人を愛することに一生懸命で輝いていた。歌がその輝きを更に引き立てていて、本格的なミュージカルを初めて観劇して、その素晴らしさを垣間見た気がした。
 よく、ミュージカルは現実的じゃなくて好きじゃないと耳にするが、ZANNAは設定やタイトルそのものが現実離れしているので、そこまで違和感を覚えることはなかった。
 自分には無い価値観を持つ他者を受け入れるのは非常に難しいだろう。性的価値観の点では特にそれが難しい。けど、何もかも同じ価値観を持つ他人なんてこの世には存在しない。人は誰しも他人とは相容れることのない少数派な価値観があるのだ。そして、このZANNAでは他の人と違っていても胸を張って自分が自分でいれば良いのだと訴えかける。私は今回のZANNAを観劇して、今の自分には無い心に余裕や慎重さを持たなければと思った。少しでも心に余裕を持ち、相手を思いやり、受け入れる人間になりたいと思った。そう思えただけでも、このミュージカルを観劇して良かったと思う。
 しかし、気になった点もある。ザナは愛するスティーブの為に自分の能力を犠牲にしてスティーブとケイトが受け入れられる世界に変えた。おそらくザナが望み、魔法で変えようとしたのはセクシャルマイノリティーが逆転した世界ではなく、同性愛者が当たり前で異性愛者が異端という価値観の世界でもスティーブとケイトが受け入れられる世界であった筈だ。しかし、彼の行った魔法は世界の性的価値観そのものを変えてしまうものであった。
 結果としてザナ自身が孤立してしまい、苦しむ。結局タンクという白馬の王子さまの登場によりザナは真実の愛を知り、物語はハッピーエンドを迎える。振り返って考えると、ザナに対して良かったと安堵を覚えさせる所がある。しかし、作中にあるハーツビルの若者たちのたまり場『僕はOK、君もOK牧場』に登場するテックスとブロンコのカップルが思い出された。ザナが世界を変えてもタンクが前の世界やザナのことを覚えていた様に本当に愛しているのなら変わらないのだろう。けれど、ロバータとマイクの価値観が変わり、2人が恋人として愛し合うようになったようにテックスとブロンコも変わってしまったのではないか。2人は別れてしまったのではないかと考え出したら、あの魔法が非常に残酷なもの思えてしまった。
 今回のZANNAは演者陣のパワーが凄まじく、一気に夢中になってしまった。贔屓目もあるとは思うものの、高垣彩陽は初めてのミュージカルであそこまで演ずることが出来たのだから今後の活躍も期待して良いと思う。スティーブとロバータの間で揺れ動くシーンが素敵だった。他に個人的には早口言葉と作中の異性愛をテーマにしたミュージカルの棒読み芝居のコミカルな演技がツボだった。
 スティーブ役の渡部は以前観たドラマ『プロポーズ大作戦』のソクラテスのキャラが濃く、変人なイメージが強かった。今回はマイナーなスポーツの花形選手ということで私の中にある個人的な変人なイメージは保たれつつ、恋に浮かれたり、苦しんだりする新しい姿が魅力的に見えた。個人的にケイトとサンフランシスコに駆け落ちを計画するものの、怖気づいて逃げてしまったケイトに小さな声で「行かないで」と呟くシーンにときめいた。
 ザナ役の田中ロウマのスティーブとマイクが互いの想いを打ち明けるシーンで、2人の真剣なやり取りとは対照的なロッカーの上から見守るザナの演技が個人的にツボだった。コミカルなアドリブに笑いを堪えるのが大変だった。他にも彼が表現する初恋の切なさや健気な姿に何度も心が震えて、とても好きになった。
 姉御肌全開だけど恋に全力投球するロバータ役の上木彩矢は情熱的で『あるのは恋する時間だけ』を聴いていて一気に夢中になってしまった。あと、巻き舌が凄かった。
 マイク役の東山光明はロバータもだが、恋人に誕生日も記念日もスルーされ、不安になっても彼を一途に想う姿を繊細に演じていた。
 終盤で逆転ホームランを打ったタンク役の岡田亮輔は本役の出番が他のメインのキャラクターたちに比べて少なかった様に思えるがラジオDJ独特のノリの良さと少ないシーンの中で彼の真摯なザナへの想いがあったことに気づかされて心が震えた。
 目立ちたがり屋な委員長を嫌味なく演じたキャンディ役の千葉直生は兼ね役から演技の幅の広さを感じて、何だかエラそうだが今後が楽しみだった。
 そして個人的にコミカルな演技のMVPはアーヴィン役のSpiだろう。彼が何か喋る度に、その滑舌の所為か可笑しくて笑ってしまう。兼ね役で演じていた役とのメリハリがはっきりとしていたから余計に面白かったので、こちらも千葉同様に今後が楽しみだった。
 最後にミュージカルなのだから当然ではあるのだが、全員歌が上手い。ひとりひとりの実力とハーモニーが心地よくて胸の高鳴りが止まらなかった。お気に入りは全員の『Extra Love』、ザナの『解けない魔法』、スティーブ&ケイトの『言わないで聞かないで』、マイクの『何冊もの本』、ロレッタ&テックス&ブロンコの『早く!』、ザナ&スティーブ&ケイト&ロバータ&マイクの『恋に落ちるのはどう?』、スティーブ&ケイト&ロバータ&マイクの『君にわかる?』である。日本版キャストのサウンドトラックが無いのが惜しくてしょうがない。今からでも遅くないので日本版サウンドトラックの販売を望みます。