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白雪姫Vol.6


※この小説は以前縦書き文庫に『自由遊戯童話』と称したシリーズとして掲載していた対人恐怖症の白雪姫を書き直した物です。

 

 

Vol.6

「妻? 私が、あなた、あ、あなたの…?」
「嗚呼、命を奪わぬ代わりにお前はこの俺の妻となるのだ」
 突然深く暗い森の中に連れてこられたまま理由も分からず殺されるか、よく知らない男の意のままに生き続けるか。目の前の男が指示したのは究極の選択でした。
 狩人は先程まで白雪姫を殺そうとしていたその手で彼女の頬を優しく触れました。だが白雪姫には狩人の手の感触に悍ましさしか感じませんでした。今迄生きてきた中で狩人の存在に最も悍ましく感じた瞬間でもありました。
「な、何を言っているの? 」
 他者に恐怖を抱いて生きていく。それだけで良かった筈の自分にこんな感情が潜んでいたことも白雪姫には受け入れられない事実でした。

―この人は以前から私のことを知っているから、こんなことを言うのだろうか?

「わ、私は…あなたのこ、ことをよく、よく知りません」
「奇遇だな、俺もお前のことなど知らん」
 狩人は随分と楽しそうに言いました。彼は白雪姫の表情を見て気付いたのです。

―この女は自分がこれまで接してきた獣たちのようだ。

 獲物の獣たちもお后さまに命令されて殺してきた人間たちも、命を奪われそうになるその一瞬の恐怖が滲むあの表情が非常に美しいのだということを。
 狩人は益々、白雪姫が欲しくなったのでした。しかし、そんなことを知らない白雪姫の頭は更なる混乱を齎します。

―何故この男は自分を妻に望むのだろうか? 何故この男は今迄誰も見向きすらしなかった自分なのに。寧ろ先程まで私に殺意を向けていたのに。何故? 何故? 何故? 何故なの?

「大人しく俺の妻になれ」
「嫌っ!」
 白雪姫は狩人を振り切ろうとして、そのまま走り出しました。真っ暗な森の中を先行きも分からぬまま逃げようとしたのです。すると足元が一気に軽く感じた。気付かぬ内に崖へと飛び出していたのでした。後を追った狩人は白雪姫の腕を掴もうとしたが、それは叶いませんでした。
 白雪姫は崖から落ち、姿を消しました。

 狩人は最初白雪姫が手に入らなかったことの悔しさを感じていました。けれども段々と頭が冷静になってくる内に後悔よりも目先の恐怖に怯えを感じ始めました。そう、今更お后さまに何と言い訳をすれば良いのか分からなくなったのです。お后さまは狩人に白雪姫の心臓を持って帰れと命令したのですから。

 一方、こちらは崖の下。崖に近くには小さな洞穴がありました。そして洞穴からは陽気な男たちの声が聞こえます。暫くすると、洞穴の中から七人の男たちが出てきました。彼らはここらで金鉱を掘り当てて暮らす小人たちです。
 彼らは一列に並び、陽気に歌いながら家路に着こうとしておりました。ですが、いつもと違うことがひとつありました。
 最初に見つけたのは一番寡黙な小人でした。寡黙な小人は一番喧しい小人の服の袖を引っ張りました。
何々?! どうしたの??!!!
 喧しい小人は普通より喧しすぎる小人でした。他の小人は一斉にふたりの方に視線を集めます。すると寡黙な小人はある一転を指さしました。するとそこには大層美しい少女が倒れていました。そう、倒れていたのはあの白雪姫です。
わぁ、綺麗な子だねぇ!!!
「うるさい、喧しい」
 喧しい小人に怒りっぽい小人が平手を一発食らわせました。
「死んでるのか? 」
 怒りっぽい小人は賢い小人に問いかけました。すると冷静な小人が、
「いや、どうやら生きているようだぞ」
と冷静に答えました。  
 崖から飛び降りた白雪姫でしたが偶然にも都合よく生い茂った木や蔦が彼女の命を助けていました。しかし飛び降りた時のショックで白雪姫は気を失っていたのでした。

 目を覚ました白雪姫は大層驚きました。ずっと外にいた筈なのに、目が覚めると小さな部屋で眠っていたからです。
―ここは何処かしら? 死後の世界?
 ふと傍を見ると、七つの小さいのが自分の寝ていたベットを取り囲んでいることに気付きました。あまりの驚きで白雪姫は叫ぶように泣き出しました。白雪姫の傍で熟睡していた小人たちは急な泣き声に驚き、目覚めました。そして泣き止まない白雪姫を宥め、ある程度の事情を聴き出すことにしました。その際の小人たちの対応がとても親切だったので、白雪姫はとても驚きました。
「あ、あなたたちは何者ですか? 私を殺そうとはしないのですか? 」
「私たちは七人の小人。この辺りの鉱山を掘り起こして生計を立てているのです。狩人のように生き物の命を奪って生きる輩とは違いますよ」
 白雪姫から事情を聞いた小人たちは暫くの間、彼女をこの家に置いておく事に決めました。最初は白雪姫の対人恐怖症が災いして上手にコミュニケーションがとれず、苦労した双方でした。ですが何やかんやで仲良くなり、白雪姫もお城では見せることのなかった笑顔を振りまくようになりました。
 別に書くのが面倒くさくて省略したわけではないので悪しからず。

 お后さまは狩人の帰りを今か今かと待ちわびておりました。今、いやもう随分前に自分がこの世で最も憎い女が無残に殺されているのではないかと考えるとお后さまの胸は激しい動悸が抑えきれない程に高鳴っていたのでした。
 お后さまの胸の高鳴りを察したかのようにタイミング良く、侍女が現れお后さまに告げたのでした。
「お后さま、狩人が戻りました」
 お后さまは謁見の間に駆け込むなり、叫ぶように狩人に問いかけました。
「待っていたわ、狩人! で、私の願いは叶って? 」
「はい、お后さまのお望みの侭に」
 そう言って狩人はお后さまに小さな袋を差し出しました。
「獲物はこの中に」
 お后さまは侍女に視線を向け、侍女は狩人から小さな袋を受け取りました。そして中身を確認させました。袋を開け、中身を確認した侍女は大層驚きました。袋の中には心臓がひとつ入っていたのですから。
 侍女の反応を見て、お后さまは随分と満足そうな微笑みを浮かべました。そして狩人を大層褒め称えたのでした。そして狩人が持って帰った心臓を塩ゆでにしてお后さま自ら食したのでした。旨いのか、それ?
 城を出た狩人は再び森に戻ったのでした。白雪姫が飛び降りたあの崖へ辿り着き、崖を見下ろしました。そして、白雪姫が崖から飛び降りた瞬間の彼女の表情を思い浮かべたのです。これから死ぬことへの恐怖とも自分のような男の物にならずに済んだ安堵とも思えるあの表情の正体を狩人は知る術はありません。狩人は呟きました。
「旨そうだったなぁ」
 その後、狩人を見かけた人は誰ひとりとしていませんでした。

 

≪続く≫