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Les Misérables その2

どうも椿でございます。前回書いた映画『Les Misérables』の感想の続きを書きます。

レ・ミゼラブル ブルーレイ [Blu-ray]

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 ※今回も長文且つネタバレ満載でお送りします。ご注意ください。

 

 

あらすじは前回のを見てくだしゃんせ。

感想

 1832年に時は流れる。ここで登場するガブローシュという孤児の少年が「“平等”というのは死なないと与えられない」と歌うのですが、その言葉がこの時代の貧富の差を表しているように感じました。
 監督の副音声曰く、後半の主人公であるマリウス・ポンメルシー(エディ・レッドメイン)が登場します。彼はABCの友という学生たちが中心の集団のひとりとして革命をしようと市民たちに演説を行っています。流れでここで彼のお爺さんが登場し、金持ちの坊ちゃんだということが発覚します。
 祖父の制止を振り切り、マリウスは革命に身を投じようとします。しかし彼は運命の女性となる成長したコゼット(アマンダ・セイフリッド)と出会い、革命への意志に揺らぎが生じます。
 目と目が合って一瞬で恋に落ちるマリウスとコゼット。その恋の威力は革命に身を投じるマリウスの仲間アンジョラス(アーロン・トヴェイト)に「革命に集中しろよ!」と怒られる程、凄いんです。前にこのブログでも書いたことがあるのですが、原作者の当時の愛人ジュリエットがコゼットのモデルで、ユゴーとジュリエットの結ばれた日がコゼットとマリユスの結婚式の日と同じというエピソードがあります。このエピソード、結構好きなのですが実はマリウスのモデルが原作者本人の若人時代と知って色んな意味で震えました。ばんなそかな。 

レ・ミゼラブル』のコゼット、この娘は原作者の愛人がモデルというのは知っていたけれど、その恋人マリウスのモデルが原作者本人と聞いて震えている。漫画『うた変。』で「松浦宮物語」を自ら仮想主人公となり同人誌を書いちゃったのね…となった藤原定家さんと一緒じゃないですかユゴー先生…。

— ㍿波 (@Earth_tycho) 2016年3月7日

twitter.com

当時の戦慄が上記のつぶやきである。何か原作読んでいるとユゴー先生の同人誌に思えてくるよ!
 また、ふたりの恋の一連の流れを見つめる女性がいます。それが成長したエポニーヌ(サマンサ・バークス)です。三角関係です。
 因みに以前、Twitterの別のアカウントでもつぶやいたのですがコゼット、マリウス、エポニーヌのややこしい三角関係は原作だともっとややこしいです。あと原作だとマリウスの父親にとってエポニーヌの父親テナルディエが命の恩人であること、それもあってマリウスはテナルディエに父親の恩に報いようと色々と努力したりします。また映画のテナルディエの冒頭の衣装がナポレオンを意識した感じがするのも彼がワーテルローの戦いに参加していたというのを衣装だけで表現している部分があるのではないかと推測されます。

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(またエポニエーヌって書いちゃってるよ…)

 原作だとコゼットの方が先にマリウスと出会っているのですが、映画版だとエポニーヌの方が先に出会っております。マリウスにすべてを捧げる女性として描かれており、あんなに嫌な女っぽさ全開だった少女時代はどうしたんだエポニーヌって言いたくなるほど純愛しています。あと冒頭に書いたガブローシュくんとエポニーヌは原作では姉弟の関係なんですが、映画ではガン無視されております。
 マリウスとエポニーヌが『In My Life』という曲で一緒に歌う所があるのですが、同じ歌詞をふたりは歌っているのに見つめている視点が全く異なるというシーンが物凄く切ない。エポニーヌがどんなに彼を想っても彼は全く気付かないのです。
 個人的主観ですが精神的な愛としてはエポニーヌの方が強くて応援したくなっちゃうんですよね。韓国ドラマとかで異常なまでに男に執着しちゃう恋敵ってよくいるけどエポニーヌはそうならない。ちょっとした騒ぎでジャベールが捕まえに来たと勘違いしたジャン・ヴァルジャンがコゼットを連れて逃げようとするシーン。マリウスと離れたくないコゼットは家の門にこっそり彼宛ての手紙を差し込む。それを見ていたエポニーヌは手紙を持って行くがマリウスに渡さない。でも視聴者に「この女…! 」と思わせない。まだそんなにお金に困らなかった幼少時代に見下していた同い年の女の子と立場が逆転しただけでも腹立たしいだろうに、剰え突然現れて好きな男の心も奪われたら、そんな意地悪もしたくなるわ。しょうがないよ、寧ろ手紙破り捨てないだけマシだよ。韓国ドラマだったら破かれるか燃やされているよ!
 でも、ヒロイン力はコゼットの方が強いんですよね。映画内で殆んど何もしてないけどヒロイン力が高い。それについて別の記事で語るので割愛。マリウスはエポニーヌの想いに彼女が死ぬまで気付かないので、「何なんだアイツ! 」ってなる。一回くらい殴ってもいいと思う。
 ビジュアルとしてはコゼットとマリウスはとんでもなくお似合いなんですけどね。コゼットとマリウスが(エポニーヌをガン無視しながら)心を通わせ合うシーンの美しさよ、悲しいけど素晴らしい。美しい。

 映画内で1番盛り上がる『One Day More』を全キャストが歌うシーンが凄く好きなんです。作中のキャラクターのテンションというか生命力が交差して、来るべき瞬間に爆発する寸前まで高ぶっている感じが歌と合わさっているのが凄く好きです。
 これアカデミー賞授賞式でキャストが揃って歌われていたのも凄かったです。エンターテイメントってこういうものなのだなって思わせるものでした。そんでもって終盤でエディ・レッドメインアマンダ・サイフリッドを後ろから抱きしめて歌っていたのがギャン萌えだった件。あれが好き過ぎて中々録画が消せない。

 革命が始まり、ABCの友(学生たち)と兵士たちの闘いに発展する。ここでABCの友と市民たちが5分くらいでバリケードを作り上げるシーンが凄い。撮影ではキャストが作った後に美術の人が作った別のバリケードを設置する予定だったけど最終的にキャストが作ったやつに釘を刺したり修正を加えてその侭使ったという恐ろしいバリケードである。
 あとマリウスが騎乗しているシーンがあるのだけど、このシーンは監督がマリウス役のエディ・レッドメインを最初にドラマ作品で起用した際に彼がオーディションで馬に乗れると言ったから採用したら実は乗れなかったというエピソードの名誉挽回の為に作ったシーンらしい。こういうシーンや今公開している映画『リリーのすべて』で主演に採用していることからもこの監督、エディ・レッドメイン大好きなんだろうなって思う。

 兵士に撃たれそうになるマリウスを庇ってエポニーヌは撃たれて死んでしまう。死ぬ間際、彼女はマリウスにやっとコゼットからの手紙を渡す。
 エポニーヌの死後、マリウスは革命に参加しているガブローシュを戦場から逃す為なのかコゼット宛ての手紙を届けるように託す。
 ガブローシュはコゼットとジャン・ヴァルジャンが隠れ住んでいる別宅にやって来てジャン・ヴァルジャンにマリウスからの手紙を渡す。(この時、金を巻き上げるちゃっかり者ガブローシュ)
 ガブローシュの大人ぶっている子供な感じが凄く可愛い。経済力が無いのに養いたいと思わせるくらい可愛い。
 ここでジャン・ヴァルジャンは始めてコゼットが恋をしていることを知って絶望を味わう。螺旋階段が一緒に写るので余計にジャン・ヴァルジャンが絶望を味わっているかが強調される。ここでジャン・ヴァルジャンはコゼットが恋している相手に会いに戦場へ向かう。個人的には密かにこのジャン・ヴァルジャンにモンペ臭を感じる。(ジャン・ヴァルジャンとコゼットの関係性とコゼットのヒロイン力の高さは別の記事にしたいと思うので割愛)

 マリウスの思いとは裏腹にガブローシュくんはあっさりと戦場に戻ってきちゃうし、密かに彼女のお義父さんも潜り込んじゃう。マリウスよ、私の脳内で山田奈緒子が「エヘヘヘヘ」って笑っているぞ。
 ジャン・ヴァルジャンは潜り込んだ戦場でスパイとして潜り込んだものの、あっさり正体がバレてしまいABCの友に縛られているジャベールと再会する。
 ジャベールと違い、あっさり仲間に入れたジャン・ヴァルジャンはジャベールの始末を自分に任せて欲しいと頼む。冒頭の活躍も合間ってジャン・ヴァルジャンを信用したABCの友は折角の人質をあっさり任せてしまう。殺したと見せかけてジャン・ヴァルジャンはジャベールを逃がしちゃうんだけどな! あと、この行動が後々ジャベールを絶望に追い込むから注目。このシーンでジャン・ヴァルジャンにジャベールは「お前は一生盗人だ」と言うシーンがあるんですが、それは一理あるなと思いました。ジャン・ヴァルジャンって基本聖人的な生き方をしているんだけど、ジャベールに対しては聖人じゃないんだよね。「後で捕まるから今は待って!」とか色々と言うばかりで一度も捕まらなかったからなジャン・ヴァルジャン
 時間が経つにつれ絶望が増して行くABCの友たち。ここでマリウスは彼女のお義父さんが聞いているとも知らずに、僕が死んだら彼女は悲しんでくれるだろうか? と歌った後、眠ってしまう。私の中の山田奈緒子が再び、「エヘヘヘヘ」と笑っているぞ! まぁ、お義父さんは神様に彼を娘の所へ帰してって歌っているからお互いさま?

 翌朝、決して自分たちに勝機がないと悟るアンジョラスたち。そんな彼らにガブローシュが『Do You Hear the People Sing?』を歌って励まします。ちょっとやる気を取り戻す学生たち。しかし兵隊たちの魔の手は近づきます。死んだ兵隊たちの銃弾を盗もうとしたガブローシュが逆に兵士に撃たれ亡くなります。やはり戦争で一番に犠牲になるのは女や子供なんですよね。先に亡くなったエポニーヌは経緯は異なりますがそれを現していると思う。改めて実感させられます。最初は助力してくれた市民たちからも見放され段々と亡くなっていくABCの友たち。亡くなる最期のアンジョラスが凄く格好いいんですよ。正直マリウスは美青年という設定ですが、マリウス役のエディ・レッドメインよりアンジョラス役のアーロン・トヴェイトの方が正統派の格好良さがあると思います。そんな俳優が演じていたアンジョラスだからこそ、あのシーンが映えたんだろうなと思います。凄いよ、体勢が!

 この戦争が終わった後、再び戦場に戻ったジャベールがガブローシュの遺体に自分の勲章を着けてあげるんです。ここの心境には興味があります。きっと以前の彼ならやらなかったと思うので。少なくともファンティーヌを捕まえようとした頃の彼ならば絶対しなかっただろう行動でしょう。
 でもジャン・ヴァルジャンを捕まえることは諦めないジャベール。
 ジャン・ヴァルジャンは戦場で撃たれ気を失ったマリウスを抱え、地下の下水道から逃げます。ここのマリウス、マジでヒロイン。地下の下水道で死体の身に着けているものを盗んでいたテナルディエと再会するジャン・ヴァルジャン。この時テナルディエはマリウスと気付かない侭、彼の指から指輪を盗みます。これが後々ジャン・ヴァルジャンを幸福に導くきっかけとなります。
 やっと、地下から抜け出し助かったと思わせた所で立ちはだかるジャベール。ラスボス感が凄い…! (こういった威厳に満ちた感じがラッセル・クロウがジャベールに合っていたんだろうな)
 ここでもジャン・ヴァルジャンはお得意のこの青年を助けたら自首するよ! で乗りきります。(まぁ、乗りきったというよりジャベールに捕まえる気力が殆んど残っていない状態と表現する方が近い気もする)でもいつものジャベールなら、それで見逃したりはしなかったでしょう。ふたりを見逃したジャベールは、嘗てジャン・ヴァルジャンを逃した時のように大きく広がる河川にある橋の上に立ち、自身の心境を『Javert's Suicide』に乗せて歌う。
「もうこの世界は俺の世界じゃない、罪人ジャン・ヴァルジャンの世界だ」
「こんな罪人の世界にはもう自分の居場所は無い。こんな世界では生きていけない」
そういった内容の歌です。自分が信じる正義に燃えていた『Stars』を歌っていた頃とは大違いです。そして、この侭ジャベールは河川に身を落として亡くなります。

 戦争から数日経ち、マリウスは目を覚まします。自分以外の仲間が亡くなり、喪失感で胸いっぱいのマリウス。ここでマリウスが歌う『Empty Chairs At Empty Tables』が切ない。でも歌い終わった後にコゼットが傍にいてほほ笑むマリウス。やっぱりコゼットさんヒロイン力が高いわ。
 ここのシーンとアンジョラスたちが逃げ込むシーンでも気になったのが、あの驚異のバリケードを作った際、この居酒屋の階段は壊さていたにも関わらず負傷していたABCの友や怪我人のマリウス、お嬢様同然の育ちで生きてきたコゼットはどうやって登ったのだろうか…? という点である。教えて監督!

 コゼットとマリウスが結ばれるシーンは美しかったです。精神的な愛はともかく並ぶと物凄く絵になるふたりだからさ。そりゃマリウスの爺ちゃんも出生がよく分からないお嬢さんだけどコゼットのこと孫のお嫁さんとして受け入れちゃうよね! (関係ない)
 でもジャン・ヴァルジャンは寂しそう。別れの近づきを悟っている感じ。それに気付かないマリウスはコゼットと結ばれて人生の春っ! て気分だから、ジャン・ヴァルジャンに一緒に住みましょうって提案しちゃう。ここで限界を感じたのかジャン・ヴァルジャンは自分の罪人としての過去をマリウスに告白する。ジャン・ヴァルジャンは自分の正体がバレることでコゼットの人生に悪影響を与えることを恐れ、コゼットの許を離れる決意をマリウスに話す。最初はコゼットに嘘をつきたくないから行かないでとマリウスは言うけれど、結局ジャン・ヴァルジャンの意志に従うことを決める。関係ないけど、このシーン観ていてエディ・レッドメインが凄くなで肩だなって思いました。あんまり人の肩を気にしたことって無いんだけど嵐の櫻井翔さんばりになで肩だなと超絶どうでもいいことを思いました。
 突然理由もなく義父が去り、悲しみに暮れるコゼット。マリウスはコゼットにジャン・ヴァルジャンは旅に出るとしか聞かなかったと嘘をつく。その上で僕は君の傍を離れない、ずっと一緒にいようと誓い合う。一方、ジャン・ヴァルジャンは徐々に体が病に侵され始める。

 コゼットとマリウスの結婚式。ジャン・ヴァルジャンの姿がなく若干しょんぼりとしているコゼットに微笑むマリウス。ここでマリウスがコゼットを後ろから抱っこしてクルクル回るシーンが挟まれるのだけど、このシーンが凄く好き…! エポニーヌには悪いけど君たち結婚してくれてありがとう! って思う。
 そしてふたりの幸せを邪魔するように結婚式に紛れ込んでくるテナルディエ夫妻。ちょっと思ったのが明日生きるのに必要なお金も無いような夫婦があの豪華な衣装を何処からチョロまかしてきたのか気になっている。スリみたいな技は使えんでしょ流石に。あと娘が死んだのに随分と平然としているのね、あんた達…って思った。死んだこと事態を知らないのかな?
 テナルディエ夫妻を見つけ、追い出そうとするマリウスにテナルディエはジャン・ヴァルジャンの正体等、諸々を暴露する。その流れでテナルディエはマリウスの指輪(この事実にテナルディエ本人は気付いていない)を見せる。そこでマリウスはジャン・ヴァルジャンが自分を救ってくれた張本人だと確信する。テナルディエからジャン・ヴァルジャンの居場所を聞き出したマリウスはコゼットを連れてジャン・ヴァルジャンの許へ向かう。(ここでマリウスがテナルディエを殴ってこっそり盗み食いしていた使用人も巻き込まれるとか、コゼットを連れ出すマリウス、パーティー会場から追い出されるテナルディエ夫妻等、個人的に美味しいシーンが山盛りである)

 病に蝕まれた身体と共にジャン・ヴァルジャンは教会でひっそりと自身の死とコゼットのことを想っていた。そこに自分にコゼットを託したファンティーヌの魂を視る。ファンティーヌはジャン・ヴァルジャン
「貴方は私の娘をあんなにも愛してくれた」
「だから貴方は死を恐れる必要は無い」
そんな風に彼を慰める。そこにコゼットが現れる。コゼットはジャン・ヴァルジャンに何故急にいなくなったの? と問いかける。ジャン・ヴァルジャンはコゼットに嘘ばかりついてきた自分を許してくれるのかと逆に問い返す。その問いに遅れて登場したマリウスが愚かだったのは自分の方だと言い、コゼットに自分をあの戦場から救ってくれたのはジャン・ヴァルジャンだったことを伝える。因みにジャン・ヴァルジャン役のヒュー・ジャックマンはこのシーンでジャン・ヴァルジャンはやっとマリウスのことを心からコゼットの伴侶として受け入れることが出来たのだと監督と話していたそうな。ばんなそかな…! じゃあ、今迄のは何だったんだ? と私の中の上田次郎山田奈緒子が叫んでいるぞ。
 監督の副音声曰く、ここで他者を愛する人だったジャン・ヴァルジャンが他者から愛される人になれたことで気持ちが満たされたそうな。だから遂コゼットにこのまま死んでもいいと言ってしまい、コゼットに怒られます。ジャン・ヴァルジャンはコゼットに、
「お前がまだ死ぬなというなら死なないよ」
と言いながらも彼女宛ての手紙を渡し、そのまま息を引き取ります。ジャン・ヴァルジャンの死にショックを受けるコゼットとコゼットを慰める為に彼女を抱きしめるマリウス。ふたりを見つめながら 、ファンティーヌと嘗て自分に初めて愛を与えてくれた司教の魂に見守られながらジャン・ヴァルジャンは死後の世界へ行く。
 ここで抱きしめ合うコゼットとマリウスの耳に『Do You Hear The People Sing?』が聞こえてくる。そしてジャン・ヴァルジャンが行った死後の世界ではあの時の革命が成功したかのように高らかに歌い上げる市民たちの姿があった。ここで終わります。このシーンで注目すべき点はエポニーヌ、ガブローシュ、ABCの友など色んな亡くなった人々がこの場にいるのに、ジャベールがいないことかなと思います。自殺したからなのか他にも何か理由や意図があるのでしょう。

 ミュージカル版『レ・ミゼラブル』の完全映画化っていうことらしいですが、原作が五巻まである作品を一本にまとめるのは中々難しいでしょうね。コゼットよりエポニーヌの方が魅力的とか、テナルディエ一家とマリウスの関係とかファンティーヌの恋とか。観ていて”?”が発生するシーンが幾つかありました。
 あと死の間際でも結構な声量で歌うet ceteraな登場人物たち…。ツッコんじゃいけないとは分かっているけどミュージカル作品って死の寸前でも結構頑張って歌うよね…と思ってしまったことに反省しました。